市中の山居を現代に引き継ぐ
先日、東山区八坂神社南門にほど近い料亭旅館「祇園 畑中」を訪れる機会に恵まれた。
東山山麓(さんろく)のなだらかな斜面を巧みに生かしながら配置された、計21室の客室はそれぞれにプライバシーを保ちながら、居心地のいい落ち着いたたたずまいを醸し出している。
室町時代の文化のなかでも、王朝的で華麗な「北山文化」と比べて使われることの多い「東山文化」。足利義政が築いた東山山荘を中心に、武家、公家、禅僧らの文化が融合して生まれたとされ、「わび」「さび」に代表される美意識や、「幽玄」とよばれる奥深く計り知れない趣や情調をその特徴としている。茶道や枯山水に代表されるこのような「東山文化」の美的感覚は、まさに今日の日本文化の根底に引き継がれ、私たちが京都を「美しい」と感じるひとつの基礎的な部分となっている。
ひっそりとしたたたずまいの表門をくぐり抜け、風情ある露地状の石段を上がりながら玄関を通ると、美しいディスプレーのような坪庭を正面に据えた、吹き抜けのある開放的なロビーへとたどり着く。傾斜を最大限に利用しながら考え出されたこの空間のシークエンス(移動することで変化する情景)は、茶道の技法を応用したものであり、これから始まる非日常体験への期待を高めることのできる、よく考えられたアプローチである。
室町後期に、粋人の間で流行した「市中の山居」。都会の日常生活の中に、山中のように静かな別世界をつくり、その対比を楽しむ。世俗から離れ、別の環境に身を置くことによって、自分たちの別世界をつくる。そんな、空間体験をすることのできたひとときであった。
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