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PHP 12月号



PHP 12月号 
[特集] 気持ちが軽くなる心の整理術

企業の価値ここにあり  株式会社 ローバー都市建築事務所

京都カフェじかん 2011年版

京都カフェじかん 2011年版

京都カフェじかん 2011年版

「京都の精神」で、人々に幸せと繁栄を
代表取締役社長 野村正樹

 野村さんは織物で名高い京都・西陣で生まれた。ボーイスカウトや近所の町家で友だちとの遊びを通して、社会活動の大切さや地域に対する愛情が育まれた。中学受験で同志社に入学。京都の町に溶け込んだ「自由、自治、自立」を気風とする伝統校で、野村さんはのびのびと学んだ。高校三年の時、学校では立ち入り禁止されていたカフェバーに少し背伸びして行ったことがある。
「こんなお洒落で夢のような空間があるのか」
 建築という仕事がしたいという思いは、このときに初めて芽生えた。
 あいにく進学した同志社大学には建築学科がない。そこで、夜は建築の専門学校に通った。同志社大学を卒業すると日中は建築事務所でアルバイトをしながら、夜間は建築を専門的に学べる京都工芸線繊維大学に編入学。現場と学校との往復で建築についての知識は膨らんでいった。
 二つ目の大学を卒業して建築事務所に就職、そこで、四年間の実務経験を経て一級建築士を取得。
 独立を目前に控え、「自分らしい建築とは?」と考えるようになった。そんな或る日、久しぶりの仕事で西陣を訪れた。その地を離れて十年。慣れ親しんだ町家は、駐車場や個性のない建売住宅に変わっていた。幼い頃によく聞いた夏の蝉のような「ガチャガチャ」という機織の音もしない。街に寂しさが漂っていた。



京都の街を活性化させたい

 おそらく不動産屋に「こんな古臭い町屋なんかなくしたほうが儲かりまっせ」と言われ、オーナーは貴重な町屋を潰したのだろう。潰す前に「ちょっと待てよ」と考える余地はなかったのか・・・、新しい活用法を誰も提案しなかったのか・・・。
 町屋の中には文化財に匹敵するものもある。野村さんの心に悔しくて悲しい感情が沸いてきた。
 そして、「町屋の素晴らしさを知っている自分なら、『壊す』のではなく『再生』させることで町を活性化できるはずだ」という思いに行き着いた。その頃、町屋を利用した飲食店や販売店が注目を集め始めていた。しかし。町屋に慣れ親しんだ野村さんから見ると「何か違う」のだ。
 「なぜだろう?」
 この問題を解決するため、野村さんは独立してから数年、町屋とがぶりと取り組むこととなる。
 町屋育ちは大いに役に立った。構造や間取りは断片的に覚えている。どこに柱と梁があるのか、天井はどうやって剥がすのか、など。しかし、現場を巡るうちに構造の問題ではなく、もっと根本的なことに気がついた。それは、町屋の再生は単なる器の再生ではなく、そこに「京都の精神」の再生を目指さなければならないということに・・・。
 二〇〇五年、町屋研究に明け暮れていた野村さんが、その後のスタンスを決定付ける出来事に遭遇する。それは「京都迎賓館」の開館。
 迎賓館を見るために世界中の人々が飛行機に乗って、何時間もかけてわざわざ京都を訪れた。そして、心の底から感動を語り去って行った。
 外国の人々は単なる「見学」ではなく、建物に宿った「京都の精神」を見ることで幸せになったのではないか。
 設計資料を閲覧すると、照明・建具・造園など全て京都の一流どころのものが使われている。しかも、そこに記された業者のいくつかは野村さんの事務所から、わずか数分のところにある。
 町屋を残したいという郷土愛は、「自分が作るもので世界中の人を幸せにする」という、もう一段高いレベルの熱い思いに変わった。
 後に、この思いを野村さんは。「京都で育まれた遺伝子を承継し、全世界へ発信できる企業を目指します」という設計指針にまとめている。



幸せになるための提案

 野村さんは、お客様に仕事を知ってもらうために広報も積極的に行う。建築家の中には「いいものを作ればお客さんは勝手につく」「自分の宣伝をするとは気恥ずかしい」と批判する人もいる。
 しかし、野村さんはそうは思わない。作って終わりではいけないのだ。
 「『外壁のタイル一枚も町並みの一部ですよ、配慮しましょうね』とか、『建物の中に人が入ることで風景がキラキラするのですよ』というようなことは、作り手が意識してお客様に伝えない限り分かってもらえません」
 確かに、町並みにまで思いが及ぶお客さんは少ないだろう。真意を分かってもらうためには、やはり広報が必要なのだ。
 ニュースレターを定期的に発行。また、自分たちの取り組みを知ってもらうため街歩きツアーも企画。請われれば、新聞連載も講演も引き受ける。宣伝が上手いという指摘は当たっているだろう。しかし、野村さんが伝えたいのは、単なる「宣伝」ではなく、「京都の精神」なのだ。