毎日新聞 2008年09月05日号


きょうと空間創生術きょうと空間創生術
 

村井兄弟商会のタバコ工場跡上七軒の御茶屋空間

 京都・東山の馬町交差点を西に進み、緩やかな坂道を上っていくと、やがて北側 に重厚なレンガ造りの建物が突然姿をあらわす。窓には鉄格子がはめられ、ほどよく古びたレンガがなんとなくノスタルジックな感じを醸し出すこの洋館は、世 界のタバコ商として明治時代に名を馳せた村井兄弟商会の煙草工場であった。

 約1600坪の広大な敷地に工場が建設されたのは、1900(明治33)年のこと。 キセルたばこが主流であった時代に、日本最初の紙巻たばこを製造・販売し、明 治たばこ民営時代の黄金期を築いた、村井吉兵衛。日本初の両切りたばこ「サン ライス」はその代表格として、日本のたばこ産業に新たな革命をもたらすことに なる。

 西洋のハイカラさを徹底的に追求した村井は、当時の最新の製造装置を備 えた、2,000人の職人がたちが働き、1日1,000万本ものたばこを製造する工場を建設したのである。設計は後に、東京銀行集会所や三信ビルディングなどの設計 などで知られる松井貴太郎。古典様式を意識しながらも合理性を追求し、なおかつ、しっかりとした赤煉瓦による二層構成を形成している。

 今もなお、建物の東側には荷馬車を繋いでおく鋳鉄製の駒繋ぎが残っており、往時の盛況ぶりをうかがわせる。

 1909(明治42)年には、村井吉兵衛は京都円山公園にルネッサンス様式を基調とした、煉瓦造3階建の別邸を建設する。伊藤博文により「長楽館」と名付けられた、この別館は当時の京都迎賓館として華やかな社交場となってい た。

 烏丸三条界隈を中心に、現在も京都市内に残る煉瓦造りの洋館建築。東山の一角にも、古き良き時代を今に伝える建物が存在しているのである。

Publishedへ