毎日新聞 2008年07月18日号


きょうと空間創生術きょうと空間創生術
 

上七軒の御茶屋空間上七軒の御茶屋空間

 京都市の界隈景観整備地区にも指定されている、「北野上七軒」。もとは北野天満宮の門前町としてあったこの界隈に、7軒の茶店が建ったのは文安元年 (1444)のこと。室町幕府10代将軍義植が、一部焼失した北野天満宮社殿再建の際、残った材料を使って、東門前に参詣者の休憩所を造ったのが地名の由来とされている。また、天正十五年(1587)には太閤秀吉が洛中洛外の町人百姓までをも対象にした10日間の大茶会を催したことから、その存在は全国に知れ渡り、以後、上七軒は西陣との結びつきを強め、花街としての繁栄を極めていくのであ る。ちなみに町で見かける提灯にある五つ団子の紋章は、北野大茶会の際に、太閤秀吉公に献上された御手洗団子をそのモチーフとしている。

 写真は、そんな上七軒にある、築130年の京町家を改装した「弓月」(ゆづき)。どことなく優しさを感じさせる繊細なべんがら格子が特徴的なこの建物は、もとは「亀政」という「お茶屋さん」の建物を改装して再生されたものであ る。上弦の月を意味する「弓張月」から命名された店舗の内部空間には、京都の美意識や技を現代に伝える「和」を感じさせる小物が彩りを添えて並べられている。「御茶屋様式」の特徴ともいうべき、通りに面した1階部分の「お母さん」のためのプライベートスペースは店舗空間として、また、2階部分の「お座敷部分」は、現代人にライフスタイルを提案する着物ギャラリーとして再定義された。

 古くから、精神的な安らぎと上質なもてなしをその生業としてきた、京都北野上七軒。今もなおその街路と空間構成はゆっくりと時の流れを感じることのできる、京都らしい情緒豊かな街並として、その息吹を伝えているのである。

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