書院のある風景
和空間において、格式の象徴として取り扱われる「床の間」。居心地の良さを最重要視する座敷設計においては、床の間の構成は内部空間の落ち着きに大きな影響を及ぼす。実は床の間が庶民の住まいに普及したのは、明治時代以降のことであり、それ以前においては権威の象徴でもある床の間は贅沢品であるとして、建築規制がかけられており、武家や一部有力者の他は床の間を建造することが許されていなかったのである。
そんな床の間の脇に目をやると、よく縁側に向かって障子がある出窓があるのを目にする。実はこの出窓のようなものは「付書院」と呼ばれ、本格的な床の間には無くてはならない出窓なのである。もともと「付書院」は、「書院」という貴族や僧侶が勉強をするために考案された文机が原型であり、その起源は室町時代 にまで遡る。満足な照明の無かった時代、書院という文机には、読書のための採光を確保するために、縁側に向かって明かり取りの障子が設置され、人が坐して 膝が入るよう設計されていた。その書院が、床脇と共に床の間に組込まれ座敷飾 りとなるのは、江戸時代に入ってからなのであるが、天板の高さは今でも文机の高さ1尺1寸がそのままの基準となっている。
写真は先日改修した「書院のあるはなれ」。”はなれ”建築には珍しい、取り込み付書院という床の間を大きくとりこんだ形式の書院に着目し、高齢者にもやさしい豊かな空間構成を考えた。先達の見事な手仕事によりひとつひとつ丁寧に創 り上げられた美しい書院欄間や書院格子。床脇にある奥行き1尺ほどの小さな出窓のような空間。しかしながら、その小さな存在は、座敷全体に空間の方向性をあたえ、生き生きと豊かな表情を生み出していくことになるのである。
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