毎日新聞 2008年01月18日号


 
 
一文字瓦にみる京の美意識
 
 京都の町並みに、多く見られる瓦屋根。日本建築の美は瓦屋根にあると言われる 程、私たちの暮らしの中にもその美しさは深く入り込んでいる。

 京町家の軒先部 分には、「一文字瓦」という、独特の軒瓦が多く使用されている。一枚ごとに丸 い出っ張りのある通常の「万十瓦」と違い、飾り板の表面に模様がなく、下端の ラインが真っ直ぐ一直線に揃うのが特徴的である。このラインを揃えるために は、瓦の幅に合わせて屋根の大きさを厳密に計算しておき、一分の狂いもなく瓦 を葺きあげるという繊細な瓦合わせの技術が要求される。隣の瓦との重なりを隠 すことができないため、一枚一枚根気よく丁寧に瓦を揃えていくのである。
 
 「大工と雀は軒で鳴く」と言うように、軒は棟梁の腕の見せ所であり、真っ直ぐ 揃った静かな軒先をみると、そんな職人のこだわりと美的感覚を感じ取ることが できる。1階部分の下屋と呼ばれる私たちの目線に近い部分にあえて「一文字 瓦」は特に使用されることが多く、そんな部分も、街並みに配慮した京都の美意 識のあらわれともいえる。写真は寺之内通りの町家改修事例。一直線に揃った軒 先が美しい。

 京町家は、こうした半公共スペースともいえる軒先空間を設けるために、道路か ら半間下がった形で建てられている。一説では、道路との物理的な隔たりは、他 人と一定の距離を保とうとする京都人の心理的距離を表しているとも言われてい る。そしてこの軒先空間に犬矢来や駒寄せ・格子といった緩やかな結界を設ける ことにより、控えめに「個」を主張しているのである。周辺との調和を図りなが ら、街並みを気遣う。「個」の権利を声高に主張しがちな現代人にとって、忘れ られている「公」の部分にこそ京の美意識があるのではないだろうか。
Publishedへ