毎日新聞 2007年04月20日号



「嫁のぞきはだれのため」

 代表的な京町家は一般的に「表屋造り」と呼ばれる様式で建てられている。「表屋造り」は、京都の商家に多く見られるスタイルで、道路に面した表側に店舗空間(ミセ)を持ち、奥と2階部分は居住空間(オク)として使用されているのが特徴的である。「ミセ」と「オク」の境界には、坪庭や玄関庭といった中庭が設けられ、公と個を仕切る一つの装置として機能すると共に、通風や採光を確保する工夫がなされている。

  そんな、玄関庭に面した内玄関の横に、格子の付いた小さな窓がある。あまりに小さな窓なので、普段、見過ごしてしまうことが多いのであるが、この窓には「嫁のぞき」というちょっと変わった名前が付けられている。一説には、外から帰ってきたお姑さんが、内玄関を通る時にお嫁さんを覗くので、この名前が付けられたとも言われているが、その実はお嫁さんがお客さまを確認するための小窓である。現代でいうと、カメラ付インターホンの機能であり、座敷から、玄関庭を介して、表玄関がうまく見通せる視線設計となっている。この「嫁のぞき」、実際うまく考えられていると感じる出来事があった。先日、京町家を再生して完成見学会をおこなった小規模多機能型居宅介護施設 「松原のぞみの郷」。3日間、開催した見学会には延べ200名余の方々にご来場をいただいた。開催中はたくさんの人でにぎわったのであるが、そんな中でも「嫁のぞき」が役立った。通りの玄関ドアが開くたびに、玄関庭を介して、中から、お客様の顔がよく見えるのである。その間に身支度を整え、お客様に「待ってました」とばかりお迎えをする。写真は、「松原のぞみの郷」の内玄関部分。式台におかれた、鉢植えの上部にみえる小窓が「嫁のぞき」。

家事のあいだに、突然の来客があっても、きちんとしたおもてなしができるように考えられた、先人達の知恵。現代のインターホン越しの接客では味わうことのできない、温もりの感じられる人間的なお付き合いの方法を、私たちも、上手に見習っていきたいものである。
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