毎日新聞 2007年04月6日号



「伝統町家を最先端に」

  京町家を再生していると、本当にいろいろな昔の人の知恵や工夫に出会うことになる。現在では忘れられようとしている、手間をかけ、本当に良いものを永く残していきたいと考えた町衆の心意気を肌で感じることになる。先日も、そんな機会に恵まれた。

  昨年の介護保険法改正により新しく創設された、小規模多機能型居宅介護施設。これまで「施設」で行ってきた高齢者介護を「在宅」で行うための支援施設として、今後が期待されている。「通い(デイサービス)」「泊まり(ショートステイ)」「訪問(ヘルパー派遣)」など様々な機能を小規模かつ地域密着とすることにより、いわば介護支援のコンビニエンスステーションとしての役割を担っている。

  人はだれでも、可能な限り、住み慣れた地域や自宅で、ながく生活していたいと思うことであろう。住み慣れた地域から離れて老後を過ごしたくない、慣れ親しんだ我が家を終の住み処として暮らしたいと思うのはごく自然な考え方である。

  従来の「施設介護」での画一的で生活感の希薄な介護のあり方よりも、在宅介護により、家族の支えによって「人間らしく」、最期まで自分らしい暮らしをができることのほうが幸せなのではないだろうか。

  そんな思いで設計をし、築90年の京町家を再生したのが「松原のぞみの郷」。「おうちに帰ってきたような安らぎ」「町家のぬくもりを肌で感じる」ことのできる施設として計画した。写真は、松原のぞみの郷の広縁部分。拡張を行って、光と風を十分に楽しめる場所とし、床板には元の京町家で使用されていた現在では貴重な長さ十六・五尺(5b)の松の一枚板を転用した。長年使用されていた、独特の黒光りしたその風合いは、本物のもつ魅力を感じさせる。上部屋根の部分の木組みはそのまま見せながら、坪庭の情景を再整備し、洗練された造形美も可能な限り再現した。伝統町家を最先端に。親しみなれた京町家でのくつろぎの情景がこれからの高齢者介護の一助となることを願っている。
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