毎日新聞 2007年02月09日号



「箱階段は本当に階段か!?」

  箱階段は別名を階段箪笥ともいい、江戸時代初期に考案された、箱を積み重ねたような形式の階段形状の収納家具である。現在でも、京町家には見られるが、年々その数は減少し、学生を町家の見学に連れていくと、決まって珍しそうに見物する代物である。箱階段のデザインは同じものは二つとないといわれるほど多種多様で、それぞれ、様々な引出しや収納棚を造り付け、階段下の空間を巧妙に利用している。 町家の改修を手掛けていると、美しいデザインの箱階段に出会うことも少なくない。私達は、たいていの場合、この貴重な箱階段をうまく再生するよう、改修設計をすすめていくのであるが、現在の法律が思わぬ障壁となることもある。戦後に定められた建築基準法においては、階段の勾配についての規定が存在する。危険防止の観点から、急な勾配の階段については一定の制限が課せられているのであるが、戦前につくられた箱階段の階段勾配は、現在の基準をみたしていないのである。

  さて、ここで問題となってくるのが、「箱階段は本当に階段か」ということである。大抵は壁に埋め込まれており、簡単には移動はできない構造になってはいるが、よく見ると、上下に2分割が可能であり階段型箪笥とも考えられる。実務上は、都度、所轄官庁と協議を重ねていくのであるが、このやりとりがまた滑稽であり、私達の理論構築の手腕が試される場面でもある。

  箱階段は大別して、衣裳収納と小物収納に分類される。写真の箱階段は、京都北部地方に多く見られるデザインの小物収納用箱階段。7段で構成された本体は杉で制作され、仕上げ材にはケヤキが使用されている。全体を拭き漆で仕上げ、扉部分は本漆で丁寧に仕上げられた上質な仕事。制作年代を知る方法として、引き手をみるのであるが、この箱階段の引き手は明治中期に使用された蕨手と呼ばれる緩やかな丸みを帯びたスタイル。

  今日もまた、違った場所で、違ったデザインの色々な箱階段に出会うたびに、空間構成の夢がひろがってゆくのである。
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