毎日新聞 2006年8月4日号



伝統美をモダンに楽しむ

「なんとなくモダンな感じで…」。すまいやお店のデザインイメージを尋ねた時に、お客様からのよくあるオーダーである。建築の専門分野ではモダンといえば、1900年代初頭に萌芽した、ル・コルビジェやミースといった巨匠建築家に代表される、シンプルなデザインのモダニズム建築を指す。それまでの伝統的な建築様式を批判し、建築を理念によって支え、装飾性の代わりに普遍的な「空間」の概念を導入することにより自由な表現を追求した近代建築運動である。また、要求に即した建築を機能的・合理的に設計することにより、地域性や民族性を超えた普遍的なインターナショナルスタイルを目指したのである。一言でいうと、飾りのない、シンプルな白い四角い建物である。

当然、お客様はそんな難しいことを知る由もない。決して、様式美の否定や普遍性を目指している訳ではない。ただ、なんとなくモダンなのである。我々もそのあたりは十分承知しているから「分かりました。モダンでいきましょう」とお答えする。ここでいうモダンとは、“現代的な”とか“洗練された”とか“おしゃれな”とか“都会的な”といった類のイメージを包括的に象徴する言葉として使用されているのである。

過去の伝統様式である「和」の美しさを現代の感覚で再構成する。そんなスタイルも面白いと思う。写真は、昨年設計した「御前のいえ」。周囲を建物に囲まれた京都独特の路地奥・狭小敷地といった悪条件を、細長いアプローチとダイナミックな吹抜により魅力的な空間へと変貌させる。若いご夫妻のご要望も「和を意識した光溢れるモダンな空間」だった。アプローチには焼杉板や玉砂利。リビングには、晒竹や八角形の漆塗北山丸太。キッチンは紅色仕上。和室コーナーにはさらし藍。日本の伝統美を、現代の暮らしの中に感じる。そんな京都ならではのモダンスタイルもまた楽しいものではないだろうか。
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