毎日新聞 2006年6月9日号



伝統と変化

今でもこころに響いている、機織りの音。毎日の遊び場が、ジャガード機や糸車と一緒にあった。外へ出ると、間口の狭い、べんがら格子や虫籠窓に飾られた、美しい町家の風景が広がっていた。
生まれ育った京都の町・西陣。心の中にあったそんな原風景が町から姿を消し、私は法科の学生になっていた。時代はバブルの絶頂期。京都もその例外ではなく、まるでゲームように古い建物は取り壊され、経済性のみを優先する新しい建物が造られていった。古くなったから壊す。それだけの理由で親しんだ町の風景が変わっていく。この町のためにできることはなにかないだろうか。そんな思いから法科を卒業後、建築学科へ編入学した。

時代を超えて受け継がれた先人の知恵がこの町には息づいている。
先人に学ぶことは多い。その時代の人や文化に合わせて、スタイルは常に改良され、それが伝統を継承していく。すなわち伝統とは変化の連続にほかならない。現在のスタイルにあわせて、“古い殻”の中から“新しい仕組み”を創造する。そして人とこころが暮らしあう。形を守るだけでなく、時代に生きた人が知恵を絞る。時の流れに合わせた変化を、積み重ねて、次代へ継承し続けるという、大きな使命が伝統にはある。写真は織工場を再生利用した、弊社設計オフィス。建築とまちというフィルターを通して歴史と伝統を見たとき、様々な発見と出会うことになる。そんな空間創生のダイナミズムが都市建築にはある。

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