ローバーが設計した「堀川新文化ビルヂング「大垣書店/SLow Page」」が「商店建築 2023年1月号」に掲載されました。
書店を起点に地域のアート文化を醸成し
世界に発信していく
―新たな文化を生み出しながら 地域の憩いの場となる空間―
京都伝統産業の拠点・西陣の南東近傍にある堀川団地の再生計画。「多様な人々が関わり合い、育んでいく『にぎわい』『まちづくり』『暮らし』の拠点」「堀川通の新しい顔」「地域のゲート機能を担う拠点」を基本方針に計画が進められた。これらの基本方針を基に京都府によるプロポーザルが行われ、2017年4月、大垣書店が事業者として選定。施設のコンテンツは最終的に「書店」「カフェ&バー」「印刷工房」「ギャラリー」「レンタルオフィス」の五つに定めた。「アートと交流」をテーマに賑わいと活力ある団地づくりとなった。
外観は、堀川団地との連続性を保つため、セットバックラインの統一感を確保しながら、各コンテンツを体感できるよう、通りに接して境目を感じさせないレイアウトとしている。外壁の素材には天然石とコンクリート打ち放しをバランスよく採用し、街並みの調和と新規性を両立させた。美しい街並みを形成しつつ圧迫感を軽減し、周辺建物へのプライバシーを配慮したファサードとしている。また、早朝から夜間まで地域になじむ雰囲気とにぎわいを、建物の形状とライティングで演出した。
2階のギャラリーでは、京都友禅染の製作工程で使用する、7mを超える「友禅染め板」を床材に使用した。これは耐用年数の問題や廃棄のため、処分される板を床材に加工したもの。京都独特の空間イメージの演出を意図した。また、本建設に当たり、敷地内に根を伸ばしていたシンボリックなイチョウの木を取り除くことになった。しかし、これを乾燥させ、製材加工を施し、カフェの家具や看板および通り沿いのベンチに再生。これにより堀川団地の持つ意義を未来に継承させた。
この施設は、地域の未来を模索していきながら、新しい文化を生み出していくと同時に地域の方たちの憩いの場となる空間を提供している。(野村直之/業態開発研究所)
2021年、京都・西陣地区に開業した「堀川新文化ビルヂング」は、敷地内になった「堀川団地」の再生計画により生まれた複合施設である。日常の延長線上に文化の拠点を構築することを意図している。どのように企画し、運用することでその風景を実現しようとしているのか。事業者である大垣書店の大垣守可さんと、施設を監修した野村直之さんに聞いた。
―「アートと交流」を本と本屋で発展させる―
1950年代から60年代に全国各地で建設が進められた公営団地。京都西陣地区に立っていた「堀川団地」は、1950から53年にかけて建設された鉄筋コンクリート造の店舗付き集合住宅である。これまで改修を続けてきたが、耐震性能の課題などから、建物を取り壊し、新たに施設を立てる計画が取り決められた。京都府によるプロポーザルが行われ、2017年4月、京都を中心に書店を展開する「大垣書店」に事業者が決定。それから5年の歳月を経て、2階建ての複合施設「堀川新文化ビルヂング」として新築された。
新施設では、これまで堀川団地では「アートと交流」をテーマとした文化事業が行われてきた。地域が育んできた「自分たちで文化をつくり、発信していくことで生活を豊かにする」という想いを引き継ぎ、発展させていくことを目標としている。これについて、設計・監修した野村直之さん(業態開発研究所)は「プロポーザル時の案はもう少し規模が大きかった」と振り返る。プロポーザル案では世界へと京都の伝統産業を発信していくことを目指していた。当時は、東京オリンピックの前で、世界から人が集まることが想定できたからだ。計画時の施設は5階建てで、3、4階でアーティストインレジデンスを行う案や、工房をつくる案もあったという。計画中にコロナ禍となり、外国人観光客がが戻ってくる見込みが経たない中、京都府、京都市と再度相談し、地域に密着する方針へと変更した。
施設には、書店やカフェ&バー、印刷工房、ギャラリーが備わる。それぞれ、「アート」や「クラフト」といったテーマとどのように混ざり合い、発展させていくのか。プロジェクト初期から企画に関わっている大垣書店の大垣守可さんは次のように話す。
「印刷工房で本をつくり、ギャラリーで展示をして、書店で販売する、というサイクルをつくっています。作家が、アートに触れたことがあまりない方に作品を販売するのはハードルが高いと思います。同様に、一般の方が作家の作品を買うのもハードルが高いですよね。しかし、僕たち本屋は、本があればアート作品を紹介できます。そこで『本』もしくは『書店』をお客と作家をつなぐ媒介として設定しました」(大垣さん)
1階にはテナントとして入居する印刷工房「昌幸堂」は、プリントディレクターとして技術や予算、制作面の話を、大垣書店は、制作した本のサポートしていく方針だ。
―団地の施設構成を継承し 肩の力を抜いた場をつくる―
彼らはこうした事業サイクルを元に、地域にどのような価値を生み出そうとしているのか。大垣さんは、「世の中は便利なものであふれ、家から出なくても生活できるくらいになっています。わざわざ出かけて本屋に来てもらう時に。ECで購入できるものがたくさんおいてあるより、アートやクラフトなど、実空間で見る価値が高いものをそろえることが大事。それができれば、この地域に住むことの価値や豊かさにつながると考えています。ただし、押し付けがましい豊かさではなく、自然と地域に存在する豊かさにしていきたいと考えています。そういった理由から半分公共施設のつもりで計画しました」と話す。それを踏まえ、野村さんは「建物を設計する上でも、肩の力が抜ける環境をどうやったらつくれるのかを考えました」と続ける。
「肩の力を抜く建築を、どのように表現したら良いかを考えた時、この場所の原点に立ち返り、地域密着の施設づくりが大事だと思いました。その一つの表現が、さまざまな店の顔をつくっていくということ。南側の商店街から施設へ歩いていくと最初にテラスが、次にカフェの入り口が、そして焙煎工房や本屋の入り口が見えるよう計画しました。これは団地1階に元々あった商店街を意識したデザインです」(野村さん)
今夏、数年振りに地域の祭「ほり川まつり」が開催され、施設2階のギャラリーをメイン会場の一つとして提供した。祭りの中では参加型の音楽ライブイベントを実施するなど、地域の拠点としての活動を続けている。
「施設で定期的に行っているイベントでは商店街の方に参加していただけるような計画にしています。そうした地域とのつながりは、プロジェクト初期から約5年を掛けてつくり上げてきました。とはいえ、ただ僕がみんなと仲良くしたくて店に買いに行ったり、遊びに行ったりしているだけで、ご近所付き合いみたいなものなんですけどね」(大垣さん)
計画が進むにつれ、敷地南側にある堀川商店街のシャッターが閉まっている区画にデザイン事務所や立ち飲み屋がオープンするなど現在空き店舗がない状態になっており、二人は今、活気が戻ってきていると実感している。