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日経MJ 2022年2月9日号

ローバーが設計した「堀川新文化ビルヂング「大垣書店/SlowPage」」が「日経MJ 2022年2月9日号」に掲載されました。

「町の本屋」が開く文化の扉

大垣書店、京都・堀川に複合施設

日経MJ 2022年2月9日号 京都・二条城を過ぎた先、南北に延びる堀川通に沿って栄えた堀川商店街。近年は建物の老朽化に伴い店も人通りも寂しくなっていたが、昨年11月に「堀川新文化ビルヂング」がオープンした。書店、カフェ、ギャラリー、印刷工房などを備え、新しい人流・文化の入り口として人々に受け入れられつつある。

 二条城や京都御所に程近い、片側3車線の広い堀川通に沿って真っすぐ続く堀川商店街。戦後に建てられた日本初の鉄筋コンクリート商店街付き集合住宅は、戦後の市街地復興のモデルとして全国から注目を浴び、当時は大変なにぎわいを見せた。しかし現在は建物の老朽化が激しく、あちこちに閉まったままのシャッターが目に付く。

 京都府が「アート」「交流」をテーマに堀川団地再生事業を推進。京都を中心に書店を展開する大垣書店が手を挙げる形で、5年間の準備期間を経て昨年11月 「堀川新文化ビルヂング」をオープンした。

カフェ・ギャラリー・・・交流生む

 商店街の一番北側、終点に建つ横長の2階建て。 計画当初はもっと高層の建物が検討されたが、地域の大反対にあった。「京都で地域の反対を押し切って商売を始めても、決してうまくいきません」と館長の和中整さん。完成したのは低層のクリーム色、ネーミングにもレトロ感があり、全体的に優しいゆったりとした雰囲気の店舗。1階に書店、カフェ、印刷工房。2階にアートギャラリーを備える。

 月曜日の午前中だというのに、意外に人の出入りが多い。子供に絵本を選んでいる人、実用書を立ち読みする人、カフェの席も半分程度埋まっている。近隣の人々にしっかり受け入れられている印象だ。

 大垣書店は近畿地方に根付く地域密着型、いわゆる町の本屋さんだ。ここ数年は経営状況が厳しい本屋をコンサルしてテコ入れしては店舗を増やしている。出版不況が叫ばれて久しいこの時代にどう立て直しを図るのか。

 「地域の人が求めているものに応え続けることだと思います」と和中さんが明快に答えた。「地域の人にとって一番困るのは、町の本屋が潰れることです。潰れないためはまずスタンダードな品ぞろえを大切にし、その地域に必要なモノをそろえながらチューンアップしていきます」

 当初の計画段階では高齢化が進む地域として小説や実用書を多くそろえていく予定だった。しかし意外に子育て世帯が多いことに気づき、絵本・児童書スペースが拡張された。

 通常、書店の書棚には平台が連なっており、並んだ新刊が客の目を引く仕掛けがあるが、その分通路は狭くなってしまう。この店舗ではベビーカーでも行き来できる通路の広さを優先させ、平台は最小限に。陳列の方法はジャンル別、出版社別、作者の五十音順という一般的な方式を採用している。

 一番気を使ったのは、照明だ。書棚に影ができてしまっては、文字が読みにくく、手に取ってもらえない。影になる場所は、万引きも発生しやすい。天井には四角形のライトで隅々まで照らし、書棚にもライトが埋められて立ち読みが楽だ。外に面した窓が大きく、日中は光がたっぷり入って全体がとても明るい。明るく、わかりやすいこと、見つけやすいことにこだわっている。

 書店とカフェの組み合わせは今ではさほど珍しくもないが、最近のトレンドは書棚カフェスペースが混在したスタイルだろう。本を読みつつコーヒーを飲みつつ、思い思いの時間を過ごす自由な空間がオシャレでカッコいい。

 しかし、大垣書店では書棚とカフェのスペースをきっちり分けようと考えた。スペースを分けた方が、実は双方の居心地が良いのではないか。実際、本を買った人とカフェを利用した人はほとんど被らないことが、他店舗のデータからも浮かび上がった。

 「京都の人は、長く根付いてきたスタイルやその理由を大事にします。目新しいだけでは続きません」。光が差し込む明るい書店と明るいカフェ。スタンダードを大切にする大垣書店らしい空間デザインだ。

 オープンを記念して、イギリスの装飾デザイナー、ウィリアム・モリスの著書「理想の書物」を限定復刊した。文庫版で1540円という値段だが、2カ月あまりですでに300冊が出た。

 1階にアトリエを持つ「昌幸堂」は本のオートクチュール店。創業60年の印刷・製本の技術で職人が本作りに腕を振るう。2階ギャラリー「NEUTRAL」で開催された「『デザインのひきだし』のひきだし展」は人気で、トークショーは満員となった。

 京都に生きる人々の歴史を重んじる心と、本当に美しいものを見極める美意識。そこに少しだけ迎えられる新しい文化。「堀川新文化ビルヂング」を入り口に、連なるシャッターが開こうとしている。