Published 〜メディア掲載情報〜

ローバー都市建築事務所の設計物件や、弊社代表の野村正樹が執筆するコラムなど、
雑誌や新聞に掲載されている情報のご紹介をいたします。

トップが綴る 人生感動の瞬間

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最初にいただいたあのときの「涙」

 今から二十年前の1995年1月17日(火)未明に発生した、「阪神・淡路大震災」。当時の被災地の状況は、今でも鮮明に記憶している。当時、私は建築学科の四回生であった。そしてその春、就職した設計事務所で初めて担当した物件が、西宮市にある被災した木造二階建ての住宅再建築プロジェクトであった。

 半壊認定を受けたその建物は、ほぼ全壊に近い状況であり、建物全体が傾きながら亀裂が入り、中に入ることさえままならないような状況であった。当時、仮住まいで生活をされていたクライアントのご家族は、八十歳のお父様と二人の娘さんとの三人暮らしで、仲良く生活はされていたものの、あまりの突然の出来事に、不安な日々を過ごされていた。

 浅学の身ではあったが、私は新しい家の設計図を精一杯描き、ご家族と幾度も打ち合わせを重ね、今後の生活についてのご相談を受けながら、現場での仕事を進めていった。そうして無事に新しい建物が完成したのは、地震発生から約一年後の寒さ厳しい冬のことである。

 ご家族に建物の引き渡しを済ませ、最後の挨拶を交わしたそのとき、ご家族全員より固い握手をいただいた。言葉では言い表すことのできないそれまでの思いが伝わるかのような、無言の握手の時間であった。

 お祝いの言葉と、設計者としてしばらくのお別れを告げて帰路につく私を、お二人の娘さんたちが見送ってくださった。歩き出し、しばらくして振り返ると、二人とも大きな涙を流しながら、遠く私が見えなくなるまで、ちぎれんばかりに大きく手を振り、名前を呼び、見送ってくださっていた。私も、いっしょに涙を流しながら大きく手を振り、深く一礼して、夙川駅へと向かっていった。

 社会人となって最初にいただいたあのときの「涙」は、今でも私にとって忘れることのできない記憶であり、現在の、私の仕事 における、大きな「原動力」となっている。

 あれから二十年、あのときの喜びと感動に感謝をしながら、日々の建築設計活動に取り組んでいるのである。

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(株)ローバー都市建築事務所


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