【自己表現】5月号

* 平成16年5月1日発行
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Skipper
〜舵を取る人〜


建築家 野村正樹





 耳を澄ませば、機を織る音が聞こえていた。外へ出ると、間口は狭いが、奥行きの深い独特の町家の家並みが広がっていた。

 生まれ育った京都の町・西陣。心の中に合った原風景が町から姿を消し、自分は法律を学ぶ学生になっていた。「判例や法解釈を学んでいたのですが、興味を持てない自分がいました。元々、建築には関心がありました。思い切って夜間の建築専門学校に通い、そして別の大学へ編入したのです」
 建築家・野村昌樹さんは、一つひとつの言葉を重ねるように話す。
 
 折しも時はバブルの絶頂。京都の町も例外ではなく、まるで熱にうかされるかのように古い建物は取り壊され、人々の眼を引きつける新しい建物が造られていった。「バブル時の建物を見て、"建築家になりたい"と思ったのは事実なんですが、古くなったから壊す、それだけしか選択肢はないのだろうか?それが町家に関心が向けられた動機なんです」

  現在、京都には25000軒の町家がある。その中で、人が住み使えるものはわずか3分の1に過ぎない。2000年、野村さんはRover都市建築事務所を設立、町家の再生を中心に手がけている。
「町家の再生といっても、単なる保存・修復では意味がない。町家が都市と接続していなければならないのです」古い町家を再生し、昔の生活に戻ればそれでいいのか?都市生活に必要不可欠な電気、ガス、水道、電話、ネット環境、防音、空調・・・・・。それらを切り捨てる必要は無い。今ある技術を使い、町家という"古い殻"の中に"新しいアイデアや仕組み"を埋め込んでいき、人が暮らしていく。

 脈々と流れてきた知恵が町家には息づいている。
「昔の人に学ぶことは多い。その時々の人の生活に合ったスタイルで、少しずつ改良され、それが伝統を形作っている。伝統とは変化の連続なんです」"伝統"という言葉を口にした野村さんからは、弾ける火花とは違った、熾火のような情熱がほとばしる。
 形を守るだけでなく、そこに生きた人が知恵を絞る。時の流れに合わせて変化し、積み重ねを次代につなげていく大切さ。

 現在、町家は注目を集めている。町家を改装したレストランやカフェなどを目にする機会も多い。
「いろいろな団体や、自治体などの努力で、見直されつつある町家ですが、このまま単なるブームで終っては意味がない」

 今、目の前を見るだけではなく、10年、20年、50年、100年先を野村さんは見つめている。一つの建築物が万人の目に触れ、町に住む人々の自覚へと成長する。やがてその意識が、町をデザインしていく。そのための今なのだ。
「豊かさは人それぞれですが、物質から精神まで、豊かさへの一つの答えが"住まい"の中にあるはずなんです。私は建築家として知恵を絞り、社会の役に立ちたい。そのためにもっと自分を磨きたいのです」
 現在までに手がけた町家は20軒。1軒あたり最低でも半年は掛かる。壁に突き当たりながらの試行錯誤の日々を縫って、野村さんは大学院で建築設計学の勉強を始めた。古い殻を生かす新しい知識があってはじめて、人の営みは継続されていくのだ。