【 Memo[メモ] 男の部屋 】 地方の力ある建築家が建てる家

* 平成16年5月1日発行
▼ 掲載記事

〜町屋を活用する(その三)〜
ローバー建築事務所
機織り機がいくつも活躍した大空間をオフィスに再生


かつて機織り工場だった一軒の町屋が、建築事務所兼学生寮として蘇った。大きな機織り機が稼動していたであろう、
吹き抜けの天井を持つ大部屋は、木を熟知していた職人の技や工夫して暮らす昔の住人たちの知恵を授けてくれる。





 機織りの町としても歴史の深い京都では、機織り業を営む西陣地区と、卸し問屋の並ぶ室町地区とに分業され、全国へ出荷されてきた。その過程は今も脈々と受け継がれているが、家庭内手工業として発展してきた小さな機工場は、せみの声のように当たり前に聞こえてきた機織りの音とともに姿を消しつつある。
 
  西陣地区のはずれのほう、堀川通りと今出川通りの交差するあたりに、かつて機織りの工場だった一軒の町屋がある。5年前、空き家となっていたこの町屋を事務所として再生したのが、建築家野村正樹さんだ。現代住宅をはじめ、古民家の再生なども手掛けていた野村さんは、機織りの部屋だった30畳ほどの大空間を持つこの町屋に魅せられ、自らの仕事場として活用したいと考えた。高さも幅もある機織り用のジャガード機が3台ほど入っていたと思われるこの部屋は、天井が吹き抜けになり梁が縦横に走る様を露出している。当初はまるで廃墟のようだったというが、廃材をきれいに撤去し、床に松材の板を敷き、壁に沿って棚をつくり付けると、広々としたオフィスが完成した。
 断熱材のない昔の家は、夏は蒸し風呂のようだし、冬の寒さは厳しいという。しかし、自然の恩恵を直に受けるこの空間に身を置くことは家作りの発想を広げてくれると野村さんは話す。

 この町屋の2階部分は、学生寮として4部屋を提供している。日本に来たのだから町屋暮らしを体験したいという外国人がよく入居するそうだ。1階の和室に集まり、建築事務所のスタッフを交えて夕食をとることも多いという。町屋のアットホームな空気が言葉の垣根も超え、人と人を結びつけている。