CompanyRe-SpaceStyle-LifeStyle StoreWorksPublishedContact UsClient's commentQ&A
2008/10/17(Fri) 14:36:31

「柳小路と八兵衛明神」

P1170050.JPG















京都で最も賑わいのある繁華街、四条河原町。その北西部分には、「柳小路」という小さな通り抜けができる路地が存在する。巾2mほどの小さな路地であるが、両側には古くからの飲食店や居酒屋が建ち並び、昭和のレトロな雰囲気を今もなお現在に伝えている。河原町オーパの裏側と美松劇場の間にあり、うっかりすると見過ごしてしまいそうなほどである。
この「柳小路」の歴史は古く、天正18年(1590)から始まった、太閤秀吉の京都大改造にまでさかのぼる。。洛中に散在していた諸寺院は、東京極あたりに強制的に移転させられ、「寺町」を形成するに至る。現在の中之町、柳小路界隈には歓喜光寺が高辻烏丸より移転し、境内には天満宮も移設された。明治政策の神仏分離により、明治40年に現在の京都市山科区へと寺院は移転するのであるが、天満宮は取り残された。現在でも、境内にあった天満宮は「錦天満宮」として、新京極通りに残り、学業と商売繁盛の神様として市民に親しまれている。
そんな、歓喜光寺の境内には三匹の狸が住み着いていたそうである。名前を「六兵衛」「七兵衛」「八兵衛」といったそう。柳小路の中にある「八兵衛明神」。小さなお社の中には、かわいい8体の信楽焼の狸がおかれている。寺院が移転するときに、「八兵衛」狸を祀り、地域の鎮守社として創建された。【商売上達】・【招恋】・【幸福満々】・【成績良好】・【心身健康】・【金運最高】・【勝運良調】・【家内安全】とまさに八相縁起の御利益を授かれる神社として、人気のスポットとなっている。ちなみに、「六兵衛明神」は錦天満宮、「七兵衛明神」その隣の丸二食堂にそれぞれ祀られている。
石畳と柳が印象的な「柳小路」。買い物帰りのひとときに訪れてみるのもいいのではないだろうか。


2008/10/17(Fri) 14:36:31 | コラム | Trackbacks(0) | Comments(0)
2008/10/03(Fri) 17:55:22

公共空間を市民空間に

P1170005.JPG















P1170006.JPG















P1170008.JPG















平成9年(1997)年に開業し、今年で開業11年目を迎える、京都市の第3セクター「京都御池地下街」が運営する地下街「ゼスト御池」。京都市役所前を中心に河原町通りから御幸町通まで広がるこの地下街は、延べ4500m2、50店舗のモールからなる。開業当初にあった、紀伊国屋書店・サンリオといった旗艦店も今はその姿を消し、現在は新しい地下街のあり方を模索しながら、その再活性化に取り組んでいる。
10億円の累積赤字を抱える京都市が、経営改善に向けた抜本的な改革に取り組むため,昨年6月異例の社長公募を行ったのは記憶に新しいところである。21才から75才までの応募者190人の中から選ばれた辻田光氏(62)は、サッポロホールディングスグループ執行役員等を歴任された人物であり、その経験手腕を生かして、現在「ゼスト御池」の改革に積極的に取り組んでおられる。
地下鉄東西線の駅に直結し、河原町御池という絶好のロケーションにある、広大な地下空間内部には、地下街おいては珍しく、河原町広場を中心とする4つの広場が整備され、子供達の多い御所南地域の近くにあって、全天候型の安心空間としてその活用方法が模索されている。
10/4には、地上の御池シンボルロード(鴨川〜堀川通間)において「御池フェスタ2008」が開催され、その協働企画として地下空間の「ゼスト御池」では「ぼくらの遊び基地」〜俺も昔はガキだった〜が開催される。主催は三条通の夜間ライトアップ企画「三条あかり景色」で知られる民間市民団体「楽洛まちぶら会」と”文化は人が創る”がコンセプトの「IWF」。”まちを楽しくブランド化”するという意味から名付けられた「楽洛まちぶら会」によって、今回、子供達による段ボール基地等の作成が企画されている。公共空間をより魅力ある市民空間に再構築する試みが、今、市民の手によってようやく行われていこうとしているのである。


2008/10/03(Fri) 17:55:22 | コラム | Trackbacks(0) | Comments(1)

トップページ

プロフィール

image
野村 正樹

バックナンバー

最近の投稿

Link

Search